コロプラ・ベアーズ 面白いものを作りたい仲間が集まるベアーズ

Oculusジャパン
VR

未来を語り尽くそう! Oculusジャパンチームが語る「VR」の超現実的な可能性 Vol.1

Oculusジャパンチームの池田輝和

池田輝和

1978年生まれ。大学卒業後、銀行員を経て、2007年にリクルートに入社。旅行関連事業部の事業開発に携わった後、2013年よりフリーランスとして1年間活動。2014年よりOculusジャパンチームを立ち上げる。デベロッパー企業の窓口として開発アシストと交渉業務に携わる。

Oculusジャパンの井口健治

井口健治

1982年生まれ。2005年よりGREEで働きはじめ、2007年に正式に入社。2014年に退職し、同年にOculusジャパンチームに参画。自らも技術者としてVRコンテンツを研究し、開発者サポートの業務に携わっている。

ヘッドマウントディスプレイ『Oculus Rift』が製品化され、いよいよ世界的にVRが本格始動!
もともとはアメリカの19歳の少年がプロトタイプを開発し、2012年にクラウドファウンディングで出資を募って製品版の開発がスタート。先行して300ドルの開発キットが支援者に配布され、日本のハイエンドユーザーの間でも早くから話題になっていた「VRの先駆者にして本命」とも言えるデバイスです。

コロプラも、業界に先駆けてVRゲームの開発に着手し、『Fly to KUMA』と『VR Tennis Online』を2016年ローンチタイトルとしてリリース。2014年よりOculusの親会社となったFacebookの日本支社で、Oculusジャパンチームを取材してきた模様を全5回に渡ってお届けします。

『Oculus Rift』の初期版に衝撃を受け、これを日本に持ってこないとマズイと思った。アメリカ本部と直接交渉することに。

いよいよ『Oculus Rift』が日本でも普及しはじめました。2016年は「VR元年」と言われ、これから『Playstation VR』、『HTC Vive』の発売も控えています。『Oculus Rift』はハイエンドのVRヘッドマウントディスプレイ(以下「HMD」)の先陣を切ったわけですが、世界的にVRが盛り上がっている現在の状況をどう捉えていますか?

池田:各社がVR HMDを出すことは、すごく歓迎すべきことだと思っています。もし『Oculus Rift』だけだったら、それほど話題にもならなかったかもしれませんが、これだけ多くの企業がVRに着手しているとなると、VRの可能性に信憑性が出てきますよね。3社が競合するといっても、まだほとんどマーケットが存在しないに等しい状況なので、ライバルというより一緒に戦っていく戦友のような感覚です。今はVRが花開いていくための土壌が培われていく段階だと捉えていますね。

日本ではまだ『Oculus Rift』が手に入りづらい状況となっていますが、いつ頃から入手しやすくなりますか?

池田:第1回目の出荷では、想定していたよりも多くのオーダーが入ったことで出荷が遅れてしまい、お客様には大変なご迷惑をおかけしてしまったのですが、今はようやくそれも解消されて、5月から日本にもどんどん届きはじめているというところです。
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2012年に『Oculus Rift』の開発がスタートして、わずか4年たらずで製品化が実現したわけですが、これまでの経緯と、なぜお二人がOculusジャパンチームに参加することになったかを教えてください。

池田:もともとは当時19歳だったパルマー・ラッキーが、『Oculus Rift』のプロトタイプを作ったんですよね。それを製品化するためにクラウドファンディングのKickstarterで資金提供を呼びかけたんです。2,500万円くらい集まったところで開発をはじめるつもりが、2億円以上が集まったんです。その開発資金やベンチャーキャピタルの出資によって開発キットを製作して、Kickstarterの支援者に配布したんですよね。それが日本にも届いて、一部の人の間で「これはスゴイ!」と盛り上がっていたんです。その中にいたのが、私と井口だったんです。

我々がVRを日本で広めたい!

もともと友人同士だったんですか?

池田:ジャパンチームは私と井口と、近藤というエンジニアの3人が初期メンバーなんですが、もともとは面識はなかったんです。最初に近藤が開発キットで初音ミクのVRコンテンツを作って、いろんな企業にプレゼンをして回っていたんですよね。たまたまそれを見たのが私で、即座に「これは面白い!」となったわけです。一方で感じたのが、このまったく新しいメディアを日本に持ってこないと、世界的な潮流に日本が出遅れてしまって、マズイことになると感じたんです。

新たなムーブメントの到来を予感したわけですか。

池田:そうです。そこで開発キットでいろんなデモを作って、これでビジネスができないか?という話になった。じゃあいっそのこと直接Oculusと交渉しようと。ただそのときは具体的な戦略があったわけでもなく、「我々が日本でVRを広めたい」という熱意だけでした。当然やらせてもらえるわけもなく、3カ月くらい何の音沙汰もなかったんですが、2014年1月に開催された「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー」(※ラスベガスで開催される世界最大のエレクトロニクス製品の見本市)に『Oculus Rift』が出展することになって、「もし来るんだったら会う」という連絡があったんです。行く予定もなかったんですけど、即決で行くことにしました。

井口:その2カ月後に「ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス」(※世界最大のゲーム開発者イベント)で再び渡米して、徐々にコミュニケーションを深めていきました。

池田:日本の開発者がどういったVRコンテンツを作っているかといった日本の盛り上がりを伝えたところ、その話が刺さったんですよね。すると、「じゃあOculusジャパンチームを作るから、君たちがやって」という話になって、思いもしない展開になっていったんです。最初は戸惑いましたけど、もともとそれがやりたかったわけですから、3人でジャパンチームを立ち上げることにしたわけです。


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運命的というか、思いもしなかったドラマチックな展開ですね。